Column
空気と換気のコラム
坂本 弘志 先生
3.シックハウス問題は解決したか
2016/03/01
はじめに
シックハウス新法の施行後、業界や行政でのシックハウスについての理解が深まり、対策が進んできています。その結果、国民生活センターに寄せられる相談件数も、シックハウス新法が施行された当初に較べてかなり少なくなってきています。
また、シックハウスに関するマスメディアでの報道も一時に較べて少なくなりつつあります。その為に業界を含めた一般社会では、シックハウス問題は概ね解決したとの認識が広まりつつあります。
しかしながら、一方ではシックハウス問題は本当に解決しつつあるのか、対策は現状のままで十分であるのか、そして本当のところ現状はどうなっているのか等の疑問が多々あるのも事実です。
このようなことを鑑み、今回は「シックハウス問題は解決したか」とのテーマで、この問題を取り上げて見ました。
シックハウスの症状は
WHO(世界保健機関)は、シックハウス症候群の症状として、以下に示すものを挙げています、これらの症状の一つ、または二つ以上が現れる場合をシックハウス症候群と称しています。
シックハウス症候群の症状は、頭痛や吐き気ばかりではなく、とくに多いのは慢性的な疲労感や、思考力・注意力・意欲などの低下、イライラや睡眠障害で、いずれも更年期障害、うつ病、心身症などでよく見られることから、これらと誤解され易く、間違って判断される事が多々有ります。
新築、またはリフォーム後にこうした症状が現れた場合は、シックハウス症候群を疑ったほうがまず間違いがないと考えて良いと思います。
表1 シックハウス症候群の症状
シックハウスの症状群と化学物質過敏症の違い
外出時は問題ないのに、家の中に居たり、ビルの中に入った時に、いつも表1に示すような症状が現れる場合は、シックハウス症候群(Sick house syndrome)と言います。シックハウス症候群は、他の病気と区別できない症状が多いのは確かなのですが、見分けるポイントは、「家の中にいる場合に限って症状が出る」と言うことです。
それに対して化学物質過敏症は、生活している環境の中に存在している有害な化学物質を微量に摂取することによって、自律神経・中枢神経を中心として、内分泌、免疫系などの多くの器官に、いろいろな症状が現れる疾患を言います。化学物質過敏症になると、室内室外にかかわらず、タバコの煙、香水のにおい、排気ガスなどの空気が汚れているところでは、体がそれらの化学物質に過敏に反応し、決まって体調が悪くなります。化学物質過敏症の原因は、最近遺伝子の面からも研究されていますが、明確なことは未だ不明です。ただ最近の調査では、シックハウス症候群が化学物質過敏症を誘発する場合が約60%と、かなり高いものとなることが分かってきました。このようにシックハウス症候群は、化学物質過敏症の契機となるとの事をしっかりと心に留め置く必要があります。
シックハウス症候群に関する動向は
図2は、「住宅品質確保法」、および「住宅瑕疵(かひ)担保履行法」に基づいて設立された住宅紛争処理支援センターに寄せられている、シックハウス症候群に関する相談件数を示したものです。シックハウス新法が施行された2003年では546件と最も多いですが、その後は急激に減少し、2009年以後では2003年に比べて約1/5程度となっています。それでも年間100件程度のシックハウス症候群に関する相談が未だ寄せられています。
また、消費生活に関する相談の受けることを目的として設立された独立行政法人国民生活センターに寄せられた、消費者からの1997年から2008年までのシックハウス症候群に関する相談件数は、2003年にピークを迎えていますが、その後400~500件の間を推移し、あまり大きく変わっていません。これらシックハウス症候群に関する相談は、「住宅紛争処理支援センター」、および「国民生活センター」の二つのセンターの窓口に寄せられたものですが、その他に「住まい情報センター」、「住まいの専門相談機関」、「各都道府県にある建築住宅センター」等に寄せられた相談件数もかなり有ります。このような相談件数から推察されるように、未だにシックハウス症候群に患い・悩む人々が数多くおり、シックハウス問題は概ね解決したとの流布は、極めて不謙遜なものであると言わざるを得ません。
図2 住宅紛争処理支援センターに寄せられたシックハウスに関する相談件数
シックハウス症候群に関する最近の事例
シックハウス症候群に関する事例は、マスメディアでの報道も含め、住宅紛争処理支援センターや、「国民生活センター」等に寄せられた相談事例は、枚挙に厭わない程に多くあります。ここでは、その具体的な例として国民生活センター事故情報データバンクに基づいて、財団法人東京顕微強院瀬戸博氏が纏められたシックハウス症候群に関する幾つかの相談事例を紹介します。
◆転居した住宅の全室をじゅうたん敷きにしたところ、妻と子供が口唇の腫れ、鼻血、食欲不振などの症状に襲われた。
病院で診察を受けたところシックハウス症候群と診断された。(2012年3月)
◆引っ越したマンションでシックハウスが発症し、常時頭痛、めまい、嘔吐が続居た為に、住むことが出来なくなった。
(2011年9月)
◆子供が新居を建てて入居したところ、シックハウス症候群になり、悪化して入院せざるを得なくなった。
業者はシックハウス新法に適合した建材を使用しているから責任問題はないとしている。(2011年8月)
◆一戸建て新築を新築し、入居したところ妻と息子にシックハウスが発症し、住むことが出来なくなった。
臭いが消えるように対応すること業者に依頼した。(2011年7月)
◆シロアリ駆除を行なったところ、その日からシックハウスの症状が出た。作業に入る前に何らの説明もなかった。
業者は説明義務があったのではないか。(2011年5月)
◆シックハウス対応というエコ商品のサイドボードを購入したところ、喉が痛くなるシックハウス症候群と思われる症状が出た。
家具に対するVOCの基準は一体どうなっているかを知りたい。(2011年3月)
◆現在自宅をリフォームしているが、タタミを入れた頃から頭痛し、気分も悪くなってきた。
シックハウス症候群ではないかと思っている。調べる方法はないのだろうか。(2010年10月)
また、新聞等のマスメディアで取り上げられ、一般社会の関心を集めたシックハウス問題も幾つかあります。これらは主に公共の建物で起こったもので、例えば北海道札幌市の床改修を行った児童会館、岩手県奥羽市の大規模な改修工事の小学校、東京都の新築された両院議員会館でのシックハウス症候群問題があります。
シックハウス症候群に罹らないためには
一度シックハウス症候群に見舞われると、花粉症と同じく有力な治療法がなく、日常生活に多大なリスクを負うことになります。その為には、シックハウス症候群にならないようにする事が第一なのです。その為には、シックハウス症候群に罹らないようにする上で、どのような対策を取るべきかを確りと知っておくことが大切になります。以下、その対策法についてご紹介をしたいと思います。
【その1】入居前に室内VOCの測定を実施する。
VOCの測定は、ホルムアルデヒドやトルエン、キシレンといったVOCの室内の空気中濃度を測定し、厚生労働省の指針値と比較することで住宅の健康性を判断する目安になります。とくに化学物質に過敏な居住者は、室内のVOCの濃度が指針値以下であれば、より高い安心感を得ることが出来ることになります。またビルダーの立場から見ると、万が一にも入居者に健康障害が起こっても、測定されたVOCが指針値以下であれば、ビルダーに過失がないとの証明にもなります。これまで病院でシックハウス症候群と判断された場合での居住者が、裁判問題で不利な立場に置かれたのは、室内のVOCの測定をする事を無くして入居し、運悪くシックハウス症候群になることです。この時のシックハウス症候群であると言う医師の判断は、入居後半年、或いは1年遅れとなることが多々あることから、その段階でのVOCを測定しても、VOCはすでに放散され、大部分は厚生労働省の指針値以下となります.そのために、発症したシックハウス症候群はVOCが原因であるとの証を得る事は出来なくなります。このような事態を避けるためには、入居前にシックハウスを引き起こすVOCの測定を行なっておく事が極めて大切になります。
【その2】 シックハウスに関する間違った考えを直す。
(1) F☆☆☆☆の建材を採用しているので、シックハウス症候群の発生は問題がない :
F☆☆☆☆の建材はあくまでもホルムアルデヒドの対策に関するもので、トルエン、キシレン等の他のVOCには関係していません。また現在の建築基準法(シックハウス新法)で規制する化学物質は、ホルムアルデヒドとクロルピリホスの二つだけです。他のトルエンやキシレン、アセトアルデヒドなどは、人体への影響は、ホルムアルデヒドと同じであるとされているにも関わらず、未だに法律での規制はありません。
(2) 天然素材を用いているので、シックハウス症候群の発生は問題がない :
天然素材を用いたと言っても、安心出来ません。アセトアルデヒドは、木材から発生することが知られています。トドマツやカラマツ等の針葉樹、広葉樹のヤチダモからの放散が認められています。また最近国産建材用木材であるスギ材からの発散が確認されています。このように木材からアセトアルデヒドが発散されることから、天然素材を使用したからと言っても、必ずしも健康住宅であると言い切れません。
(3) VOCを吸収・分解する建材を用いているのでシックハウス症候群の発生は問題がない :
基本的にはホルムアルデヒドを吸収分解するもので、他のトルエン、アセトアルデヒド等の軽減は期待できません。そのために、VOCを吸収・分解させる建材を採用したとしても、極限定されたVOCのみ(主にホルムアルデヒド)に効果があるもので、他のVOCの軽減に効果がないことをしっかりと心に留め置なければなりません。
【その3】 シックハウスを防ぐ基本は室内換気である。
シックハウス新法に定められている室内の換気に関しては、換気回数0.5回/hの能力を有する機械換気設備を設ける事が定められております。しかしながら、換気設備の施工後において、換気回数0.5回/hが確保されているかどうかの検証は、義務付けされていません。そのために、殆ど行われていません。実際には換気回数0.5回/hが確保されていない場合が往々してあり、換気量不足が原因でシックハウス症候群を引き起こした事例も多々あります。図3は、室内のVOC濃度と換気回数との関係を調べた貴重のデータです。新築住宅4棟を対象にして、換気回数を3通りに変化させた場合のホルムアルデヒドの濃度を調べたものです。調査対象としたいずれの住宅においても、換気システムを停止と、換気回数が0.3回/h程度の場合には、ホルムアルデヒドの濃度は、指針値を越えていることが分かります。このように新築時で、室内のVOCの濃度が指針値をオーバーした場合、換気回数が0.5回/hは、VOC濃度の低減化に対して極めて有効になります。
図3 換気回数の相違によるホルムアルデヒド濃度の変化
シックハウス症候群になった場合には
シックハウス症候群になってしまった時には、どうすべきかを紹介いたします。
【その1】 シックハウス症候群になった場合は、先ずその原因を突き止めなければなりません。自律神経失調症、花粉症、更年期障害やストレスからくる疾患などとも間違いやすいが、そのような原因や症状がなく、住宅を新築、増改築・購入した後に限って、シックハウス症候群の症状が出た場合は疑ってみる必要があります。原因を追究する具体的方法としては、以下のものが考えられます。
(ア) 家に入るとシックハウス症候群の症状が現われるかどうか。
(イ) シックハウスの症状が現れるようになった時期は何時か。
(ウ) 家の中に何らかの臭いがないか。
(エ) 他に同じ症状の人はいないか。
(オ) VOCの測定を実施した結果はどうか。
(カ) 換気回数0.5回/hが確保されているか。
(キ) 施工業者に連絡・相談する。
【その2】 症状が比較的軽微な場合の対処方法としては、以下のものが考えられます。
(ア) 換気システムの換気量をMAXにして稼動させる。
(イ) べイクアウトを実施し、強制的にVOCの低減化を図る。
(ウ) VOCの吸着剤、分解剤、空気清浄機を用いてVOCを低減させる。
【その3】 症状が比較的重度の場合の対処方法としては、以下のものが考えられます。
(ア) VOCの発生源を突き止めて、その部材を交換する。
(イ) 換気量が不足している場合には、換気設備を交換する。
(ウ) VOCを測定し、その値が十分に低下するまでは避難する。
(エ) 医療機関で受診する。受診先としては表2に示すものが考えられる
(オ) シックハウスに関する相談窓口に連絡する。窓口としては多くのものがある。
例えば、都道府県の住宅センター、全国保健所、建材PL相談室、健康住宅相談コーナー、健康住宅普及協会等である。
表2 体調不良の場合の受診先
おわりに
一見、シックハウス問題はほぼ解決されつつあると思われがちですが、未だにシックハウス症候群で苦しんでいる方が多くいます。その解決の第一は、入居前にVOCの測定を実施することです。それによって有効な対処方が生み出されることをしっかり心に留めて置いて頂きたいと思います。次回は第1種熱交換換気ついて取り扱う予定です。
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