Column
空気と換気のコラム
坂本 弘志 先生
1.現在の換気設備が抱える問題点とは
2016/02/03
「快適な室内空気環境を実現するには」
化学物質過敏症の対策の一つとして、平成15年に「シックハウス新法」が施行され、それから12年を経過しようとしています。ご存知のように「シックハウス新法」は、ホルムアルデヒドを放散する建材の使用の制限とクリオピリオスの使用禁止、および換気設備の設置の義務付けとの二つから成り立っています。この二つの法的規制で、シックハウス症候群の発症がない、快適な室内空気環境を有する住宅は間違いなく実現されているのでしょうか。
このような疑問点を念頭に置きながら、本コラムは室内のVOCと換気設備の現状と問題点について、6シリーズ分けて解説するものです。今回は先ず、現在の換気設備の抱える問題点を取り上げました。
1.現在の換気設備が抱える問題点とは
換気設備の種類別採用状況は
現在用いられています換気設備は、ご存知のように以下の4種類に分けられます。
(1) 熱交換型換気(第1種換気)
(2) 給気型換気(第2種換気)
(3) 排気型換気(第3種換気)
(4) パッシブ換気(自然換気)
図1は、2014年における北海道における換気設備の種類別採用割合を示したものです。第1種が31%、第3種換気が59%で、この二つの換気設備の採用が90%と、大部分を占めています。積雪寒冷地の北海道でさえも熱回収されない第3種が、第1種換気の倍近く採用されていることは、住宅の省エネの対策が最重点課題となっている現在、予想外と言わざるを得ません。
当然ながら本州の温暖地域では、第3種換気の採用割合は、北海道に較べてさらに多いものと思います。ただ今後、本年度から導入予定の新しい省エネ法との絡みから、第1種換気の採用割合が必然的に多くなって行くものと予想されます。
また自然換気のパッシブ換気は、北海道では採用割合が10%程度であるが、室内外の温度差が北海道に較べて小さな本州では、必要換気量の確保が難しいことから、殆んど採用されていません。
さらに給気型換気である第2種換気の採用は、現在のところ殆どありません。これは室内に生じる正圧(大気圧より高い)によって、室内の水蒸気が壁体内に押し込まれ、内部結露の発生の危険性があるとの考えが一般化していることによるものと思われます。ただ、最近外気に含まれるPM2.5や花粉を除去するための高性能の外気清浄機が開発され、注目されています。
第2種換気は、給気経路に外気清浄機を容易に取り付ける事が出来る利便性を有することから、外気清浄機と組み合わせたその採用が徐々に増えて来ています。
図1 2014年の北海道における換気設備の種類別採用割合
第1種と第3種換気の長所と短所は
上述したように現在採用されている換気システムの大部分は、熱交換型第1種換気と、排気型第3種換気です。両者で最も異なる点は、排気熱の回収の有無です。ただ図2に示すように、第1種換気での熱回収による省エネ効果は、当然ながら寒冷地では高くなるが、温暖地域では低くなります。また両者における優劣は、イニシャルコスト、ランニングコスト、施工性とメンテナンス等から総合的に判断する必要があります。さらに両者の優劣を評価する上では、長所と短所を知る必要があります。表1は、第1種換気と第3種換気における長短所を比較して示したものです。
表1 第1種換気と第3種換気の比較
図2 第1種と第3種換気のコストの比較
換気設備に対する業界の見方は
図3に、換気設備に対する業界の評価を纏めて示して見ました。半数が不満を感じていません。しかし逆の見方をすると、半数が不満に思っているとのことです。このことは、かなり多いと言わざるを得ません。それでは具体的には、どのような不満があるのでしょうか。図4は、その不満の内容を示したものです。
先ず不満の第1は、冬季での給気の冷気感です。この不満の大部分は第3種換気の場合であると想定されますが、第1種においても給気口の位置と給気量から起こる事があります。これを防ぐには、給気グリルの1個当たりの給気量を少なくするか、給気される気流の下降を防止し、冷気流の拡散が素早く行われる給気グリルを用いることです。現在は、これらの方法によって給気の冷気問題はかなり改善されています。
第2に多い不満は、必要換気量が確保されているかどうかの検証が行われていないことです。現在のところ、確認申請の際の書類上で、換気回数0.5回/hの換気量が確保されていればOKであり、施工後の換気量の検証は、一部のビルダー以外ではほとんど行われていません。現実には、ダクト配管のミス等で必要換気量が不足していることが往々にしてあります。これを防ぐには、換気設備施工後の換気量のチェックを義務付ける事が必要です。
第3に多い不満は、換気設備が発する騒音です。騒音の問題は、排気型の壁付きのパイプファンが大部分を占めているものと想定されます。最近は低騒音型のパイプファンが出回って来てはいますが、それでも問題となる寝室等では弱運転を行う事で騒音を防いでいるのが実情です。これでは必要換気量の確保は出来ず、何のための換気設備であるかが分かりません。
第4に多い不満は、換気設備としての役割を真に果たしているかどうかです。この不満は、換気設備にも問題はあるが、住宅の気密レベルに起因することが主たる要因となっています。当然ながら気密レベルの低い住宅では、室内の換気は自然換気の割合が多くなり、換気設備はほとんどその役割を果たさないことになります。
計画換気を実現する上では、基本的に第1種の場合には0.5cm2/m2、第3種では2cm2/m2以下の住宅の気密レベルが求められます。
その他に多い不満は、換気設備のメンテナンスとランニングコストに関するものです。この中でメンテナンスの問題の解決は、現在行われています換気設備を天井裏に取り付け事を止めることです。欧米のように、メンテナンスが容易に出来る場所である1Fや2Fの床上や1Fの床下に本体取り付ける事です。最近そのような動きが漸く出て来ています。
またランニングコストの問題は、最近のファンは低電力型のDCモーターが主流になって来ており、第3種換気での消費電力は20W、第1種では50W以下となっていることから、ランニングコストの問題はほぼ無いと考えて良いと思います。
図3 換気設備に対する住宅業界の満足度
図4 換気設備に対する不満の具体的な内容
現在の換気設備が抱える問題は
現在の換気設備が抱えている問題と対策方法について纏めて見ました。
【その1】 第3種換気での排気熱の回収です。
第3種換気での排気熱の回収は、今後住宅の省エネ化を推し進める上で解決しなければならい最も大きな課題となります。これまで排気熱を回収するための幾つかの方法が提案され、実用化されたものもあります。
その代表例は、セラミックスを用いた蓄熱体による排気熱の回収、ヒートポンプを用いた暖房熱への応用、そして積雪寒冷地での融雪への利用等があります。しかしながら設備コスト等の問題で、採用の実績は少ないのが実情です。今後、排気熱を回収する低価格で簡便な熱交換装置の開発が待たれます。
【その2】 0.5回/hの室内の換気回数の是非です。
換気回数0.5回/hは、炭酸ガスの濃度を基準に定められたものですが、幾つかの問題を有しています。例えば少人数で建坪の大きな住宅においては、換気回数0.5回/hは、明らかに過剰な換気となります。また室内VOCの見地からは、竣工一年後では換気回数を0.3回/h程度でも問題がない事が立証されています。さらに省エネの立場から見ると、第3種換気での冬季の換気回数0.3回/hとすることで、排気による熱損失が40%削減されます。
現在の第1種換気での熱回収率が60~70%程度であることを考えると、冬季での換気回数を0.2~0.3回/hに下げることは、熱交換器と同等の大きな省エネ化を生み出します。シックハウス新法施工後十数年経過しており、換気回数0.5回/hの是非を種々の見地から、この際検討すべき時期に来ています。
【その3】 換気設備施工後の換気量の検証です。
必要換気量の評価は、確認申請時での提出された換気設計書に基づいて行われています。換気設計の段階で換気回数0.5回/hが確保されていればOKです。しかし実際には、ダクト配管のミス等で、施工後では必要換気量が確保されていないケースが往々にしてあります。中には換気量不足でシックハウスを引き起こし、裁判問題になった例も過去にあります。換気設備の施工後での必要換気量の検証が強く求められます。
【その4】 外部から侵入する汚染物質の防止です。
外気は当然ながら、汚染物質を含まない新鮮空気であるとは限りません。外気に含まれる汚染物質の代表は、今話題となっていますPM2.5です。その他に花粉や火山灰等があります。現在の換気設備には、給気経路にフィルターが取り付けられていますが、これらの汚染物質を完全に除去するまでには至っていません。
このような実情から、給気経路に取り付けてPM2.5や花粉をほぼ完全に除去出来る外気清浄機に対する注目が高まって来ています。今後外気に含まれる汚染物質を除去する上での外気清浄機の普及は進んで行くものと思われます。
【その5】 竣工後の室内VOCの検証の促進です。
シックハウス症候群は、今後とも重要な課題となって行きます。快適な室内空気環境を実現する上で、竣工後の室内VOCの測定は是非とも実施すべきであると考えます。差しあたって、厚生労働省が出されているVOCの13物質の内で、ホルムアルデヒドとアセトアルデヒドの測定を義務付けすべきと考えます。
【その6】 ダクトを含めた換気設備の清掃です。
換気設備の清掃は、シックハウス新法の施行後からの課題ではあるが、ほとんど進んでいないのが実情です。その主たる理由は、換気装置が天井裏等の清掃が困難な場所に取り付けられていることです。欧米では、換気設備を天井裏等の清掃がし難い所に取り付けることはほとんど有りません。
最近わが国でも清掃が容易にするために、1Fや2Fの床上、あるいは1Fの床下に設置すべきであるとの提案がされつつあります。是非とも実現すべきと考えます。
換気設備の今後の動向は
換気設備の今後の動向に関して、その種類別に纏めてみますと、以下のようになるものと思います。
[その1 排気型局所換気方式] : 省エネの推進に絡み、当然ながら今後、住宅の気密レベルは高まって行くものと思われます。そのためにファンの能力が低いパイプファンを用いた局所換気では、必要換気量の確保は難しくなって来ます。
また、局所換気方式では、排気熱の回収を行うには数が多く、難しいと思われます。このような事から、今後局所換気の需要は低下して行くものと思われます。
[その2 排気型セントラル換気方式] : この換気方式は、現在計画換気を実現する上で高い評価を得て、換気設備の主流となっています。今後とも換気設備の主流を維持する上では、簡便かつ安価な排気熱の回収装置の開発が強く求められます。
[その3 熱交換型換気方式] : 住宅の省エネ化の推進に伴って、熱交換型換気システムの需要は、今後高まって行くものと予想されます。そのためには、現在の熱交換器が抱える幾つかの問題の早急の解決が求められます。また現在の熱交換器は、顕熱型と熱型の二つがあります。
わが国ではこのどちらが適しているかは今のところ定かではありませんが、日本の気候と熱回収の双方の面から、全熱型に優位性があるように思われる。
[その4 給気型セントラル換気方式] : 室内の給気を強制的に行う第2種換気は、換気設備の先進国である欧米ではほとんど普及していません。当然わが国でも、同じく殆ど採用されていません。
しかし最近話題となっているPM2.5や、花粉症対策に当たっては、高性能外気清浄機が開発され、それ給気経路に容易にそれを取り付ける事が出来ることから、今後有望な換気システムとなるものと考えられます。
[その5 パッシブ換気方式] : 室内外の温度差に基づく自然換気力を用いるパッシブ換気は、極めた省エネ型の換気設備であると位置付けされています。ただ現在のところ、北海道のような室内外の温度差が大きい地域での採用に限られています。
今後本換気方式も排気熱を回収する方法の開発が求められることになります。
おわりに
本コラムは室内のVOCと換気設備の現状と問題点について、6シリーズ分けて解説を行うものです。今回は先ず、現在の換気設備の抱える問題点を取り上げてみました。快適な室内の空気環境を実現する上で、どのような換気設備が求められかが幾分なりと理解して頂けたものと思います。
次回は室内のVOC問題を取り上げる予定です。
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