Column
空気と換気のコラム
鍵 直樹 先生(ウィズコロナ時代に備えるための室内空気環境とは)
2.室内空気質と新型コロナウイルス感染症について その②
2022/01/28
新型コロナウイルス感染症と感染経路
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は,SARSコロナウイルス(SARS-CoV-2)がヒトに感染することによって発症する気道感染症である。
一般的なウイルスの感染経路として,咳やくしゃみにより放出されたウイルスを含んだ飛沫が直接相手に到達することによる「飛沫感染」,ウイルスが付着した表面を手で鼻や目,口などを触ることによる「接触感染」,そして咳やくしゃみで放出した飛沫が空気中に長く漂うことにより遠く離れたヒトへ感染が起こる「空気感染」に分類することができる(図1)1)。
「飛沫感染」,「接触感染」の対策としては,感染者との距離,人と人との距離を確保すること,手洗い・表面消毒が有効になる。一方,空気感染の対策としては,浮遊している飛沫核の除去となることから,外気など清浄空気で希釈する換気,または空気調和機,空気清浄機に搭載されているエアフィルタにより捕集・除去することとなる。
「空気感染」については,一度空気中を漂う過程を介して,病原体を吸い込むことによって生じる感染経路であり,咳やくしゃみで排出した飛沫および飛沫核に含まれる水分が蒸発しながら微小粒子となりながら長時間浮遊し,感染力も維持することで,感染が成立するものである。建物内部においても,長い距離であっても,また異なる部屋であっても感染事例があるもので,主に,はしか,水ぼうそう,結核がこれにあたると言われている。これら空気中を浮遊するウイルスに対応するためには,N95マスクを装着することで,吸引することを防ぐこととなる。
図1 ウイルスの感染経路と対策 1)
さて,新型コロナウイルスについては,WHOによれば,飛沫感染,接触感染が主な感染経路と説明しており,季節性インフルエンザと同様に空気感染の可能性は低いことを述べている2)。しかしながら,空気を介した感染の可能性について,いくつかの事例が報告されている。
広州のレストランの事例では,感染者が友人9名と食事をし,そのテーブルの半数の感染が発覚した。さらに隣接するエアコン吹き出しの風下のテーブルにも感染が拡大していた。しかしながら,このエアコンの循環流から外れた位置での感染は確認されなかった。よって,この感染にはエアコンの気流とともに移流した感染者からの飛沫核が,被感染者へ到達したことを示したものであった。しかしながら,このレストランでは換気装置がトイレの換気扇のみ運転され,レストラン客席空間の換気装置は動作せず,換気量は431 m3の室空間に対し,換気回数で0.56-0.77回/h程度で,通常の換気量よりも非常に少ないことが感染の原因であったとも指摘されている。
韓国のコールセンターにおいて発生した感染事例については,1フロアの216人の従業員のうち94人がウイルスの陽性反応を示した。オフィスの片側だけに集中し,その反対側では感染者が非常に少ないのが特徴であった。空調システムも,間欠的に運転されていたことから,換気の不足が感染に影響されているとも言われている。
我が国においては,早くから「換気が悪い空間」,「人が密に集まって過ごすような空間」,「不特定多数の人が接触するおそれが高い場所」として三密を避けることを感染対策として発信してきた 6)。「換気の悪い空間」を避けること,すなわち換気を行うことの重要性をアピールしてきたところである。
厚生労働省においては,2020年3月の時点で,新型コロナウイルス感染対策として,お互いの距離を確保すること,近距離での会話を避けることとともに,窓を開けた換気の励行を示している 7)。まさに,空気を介した感染を主要な感染の一つとして考えていたことになる。しかし,どの程度の換気が十分であるかの確立したエビデンスは十分にない状況である。
文献
1) 鍵直樹:新型コロナウイルスの感染経路と空気中での粒径特性,空気清浄,第58巻,第3号,130-133,2020
2) World Health Organization: Modes of transmission of virus causing COVID-19: implications for IPC precaution recommendations, 2020
3) Jianyun Lu et al.: COVID-19 Outbreak Associated with Air Conditioning in Restaurant, Guangzhou, China, 2020, Emerg Infect Dis. 2020
4) Yuguo Li et al.: Evidence for probable aerosol transmission of SARS-CoV-2 in a poorly ventilated restaurant, Building and Environment, 196, 107788, 2021
5) Park SY et al. Coronavirus disease outbreak in call center, South Korea. Emerg Infect Dis. 2020
6) 厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策専門家会議:新型コロナウイルス感染症対策の見解, 2020, https://www.mhlw.go.jp/content/000645566.pdf
7) 厚生労働省:熱中症予防に留意した「換気の悪い密閉空間」を改善するための換気の方法, 2020, https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/000640913.pdf
(つづく)
東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 教授 博士(工学)
室内における空気環境について、汚染物質の発生から、室内での挙動把握・予測、及び対策について研究。前職の厚生労働省の研究機関である国立保健医療科学院では、建築物や医療施設等現場での検証にも携わる。日本建築学会、空気調和・衛生工学会、日本空気清浄協会、日本エアロゾル学会等多数の学協会に所属。一般社団法人日本建築学会において、2021年度日本建築学会賞(論文)を受賞。
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