Column
空気と換気のコラム
坂本 雄三 先生
2.コロナ禍による換気の再認識 その②:換気の効用と役割
2022/06/17
換気の効用と役割
近年は、シックハウス問題(20世紀末に発生)やPM2.5の飛来、そして、今回のコロナ禍と、筆者の専門領域でもある換気システムに関して、一般の方々の認識が高まる状況がかなり継続して発生しています。堅実な換気システムと発生源対策によって、感染症や室内の汚染物質による疾患のリスクが低下し、誰もが健康で安全に暮らされることを念願しています。ここでは、換気の専門家であれば誰も知っている常識を改めて紹介し、換気の効用を確認して、空気感染型の疾病対策における換気の役割を考えてみたいと思います。
換気は、「三密の回避」の中では「密閉空間」の回避の手段として推奨されていますが、それでは密閉空間というものを物理的に定義できるのでしょうか?建築学の分野では、建物の密閉性(気密性)について40年以上も前から沢山の研究成果があり、建設年代や建物の構造・工法、窓サッシの仕様などが分かれば、建物の気密性と自然換気回数(換気システムが稼働しない場合の換気回数)を、凡そですが推測できる理論体系ができています。
換気イメージ図
表1は、そのような理論体系を利用して、建物の気密性と自然換気回数を推定したものです。気密性の表示には、床面積当たりの相当隙間面積(いわゆるC値)が使われます。C値は、実際の建物に気密測定システムを設置して外皮の隙間を通過していると見做せる風量の合計(換気量)と建物内外差圧を実測し、それらのデータを簡単な計算処理して求められます。一方、表1の自然換気回数(n [回/h])は、自然換気量(V [m3/h])を建物内部の体積(B [m3])で除した数値(つまり、n=V/B)ですが、これは実測したものではなく、換気回路シミュレーションなどによって計算したものです。計算方法の詳細は省略しますが、V や n は外部の風や温度、室温によって大きく変動しますので、表1に示したものは年間の平均的な値であり、目安に近いものです。しかも、表1の換気回数は換気システムが稼働していない状況における数値です。実際には、2003年以降の建物であれば、住宅でも換気システムが設置されていますので、建物が使われているのであれば、換気回数は0.5回/hに近いと考えてよいかもしれません。
表1 建築構造・工法や窓サッシの仕様から建物の気密性と自然換気回数を推定する表
室内に汚染源があって、汚染質が室内のみで発生している場合、その発生量をM [mg/h]とします。室内は換気されているので、汚染質は希釈されます。完全拡散理論を適用すれば、室内の汚染質濃度は一様であり、その濃度をC [mg/m3]と表せば、
C=M/(nB ) ・・・(1)
が成立します。ここで、まず「密閉空間」を想定してみましょう。この場合は、建物の気密性が高く、且つ、換気システムも運転されていない状況ですから、表1を参照すると、C値=0.5~2cm2/m2、n=0.1回/hとするのが妥当です。この時の濃度C0 は、(1)式より、
C0 =M/(0.1B ) ・・・(2)
となります。次に、一般的な建物(室内)を想定しますと、(1)式が成立しますから、C と C0の比をR とおくと、
R =C /C0 =M /(nB )/{M /(0.1B )}=0.1/n ・・・(3)
となります(図4参照)。住宅を想定しますと、法令通りに換気システムが稼働していれば、n =0.5回/h(標準的な換気回数)ですから、結局、R =0.1/0.5=0.2になります。つまり、法令に従った換気が行われている空間の汚染質濃度は密閉空間のそれの20%であることが分かります。これは汚染質濃度でリスクを評価すれば、リスクが80%も低下することを意味し、法令に従った換気を行うことの重要性を理解できます。
図4 汚染質の濃度比と換気回数の関係
ということで、コロナ対策を行うのであれば、まずは法令に従った換気システムを設置し、休みなく換気を行う(いわゆる24時間換気)ことが肝要であることが分かります。換気システムは、2003年以前の古い建物では設置されていなかったり、設置されている建物であっても掃除やメンテの不備によって設計通りに運転されていなかったりする場合があります。こういう場合は、建物内部は密閉空間に近い状態となりますので、コロナの感染リスクを低減させる対策としては、まずは「換気」ということになります。これが換気の役割なのです。
(つづく)
東京大学名誉教授
専門は建築環境工学。1948年、札幌市生まれ。北海道大学卒業後、東京大学大学院博士課程を修了。建設省建築研究所・研究員、名古屋大学・助教授、東京大学・助教授を経て、1997年に東京大学・教授に就任。2012年に東京大学を退職し、国立研究開発法人・建築研究所・理事長に就任、2017年まで勤める。国土交通省、経済産業省、東京都などにおける審議会や委員会の委員を歴任。中でも、建築・住宅の省エネルギー基準の制定やZEH・ZEBのオーソライズにおいては委員長を務め、それらの成立に尽力した。また、空気調和・衛生工学会の会長も2010年から2年間務めた。主な著書として、『省エネ・温暖化対策の処方箋』(日経BP企画,2006)、『建築熱環境』(東京大学出版会,2011)。
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