Column
空気と換気のコラム
鍵 直樹 先生(ウィズコロナ時代に備えるための室内空気環境とは)
1.室内空気質と新型コロナウイルス感染症について その①
2022/01/14
室内空気汚染物質と浮遊粉じん
人間は空気なくして生命を維持することはできず,人間を取り巻く空気は,生理的にも重要である。また一般に人間は1日の大部分を建物の中で過ごすと言われ,大気中の空気環境もさることながら,建物の中の空気環境は人の健康の観点から極めて重要である。
一般に空気とは図1に示すように,地球を取り巻く大気層の最下層部分の窒素,酸素,アルゴンやその他からなる混合気体を指す。空気の大部分が窒素や酸素などで占めているものの,人の健康に有害となる成分はこれらの成分や二酸化炭素ではなく,これよりも極微量存在する物質,例えば一酸化炭素や窒素酸化物,ホルムアルデヒドなどの揮発性有機化合物が対象となる。
さらに,空気中に含まれる物質として忘れてならないものに,浮遊粉じんがあり,上述の空気の成分として取り上げられることはない。しかしながら,浮遊粉じんは呼吸気道系から人体に侵入することで,呼吸器,循環器に悪影響を与えることが知られている。
図1 大気の定常成分
空気中に浮遊している粒子は,粒径や化学組成,形状などきわめて複雑で,その粒径は分子やイオンとほぼ等しい0.001 µm程度から,花粉のような100 µm程度まで約5桁の広い範囲にわたる。都市大気中の粒子状物質の質量による粒径分布については,粒径1-2 µmを谷とした二山型分布となっている。
このうち小さな微小粒子については,ディーゼル排ガスや光化学スモッグなど二次生成粒子が主な原因であり,組成も健康に影響する物質が主成分となっていることから,粗大粒子よりも健康影響との関係が大きい。そのようなことから,PM2.5(概ね粒径2.5 µm以下の微小粒子)として注目されている 1)。
建築物室内の粒子状物質の粒径分布については,某事務所建物の室内について実測した例がある 2)。
図2に粒径別の個数濃度及び質量濃度分布について示す。横軸が粒径で対数目盛,縦軸が規格化した濃度(個数濃度:dN/dlogDp,質量濃度:dM/dlogDp)である。個数濃度については,微小粒径側の粒径0.02〜0.05 µmにピークがあり,粗大粒子側の検出は少ないものとなっていた。
一方質量濃度分布では,粒径1 µm前後を谷として微小粒径側の粒径0.2-0.3 µm付近,及び大粒径側で4 µm前後の2箇所にピークが存在することが確認できる。大気中においても上述のように同様の粒径分布を示していることからも,室内にたばこ煙のような強力な発生源がない場合には,外気からの侵入の影響が大きいものと考えられている。
図2 粒径別の個数濃度と質量濃度分布 2)
室内における浮遊粉じんの発生源については,従来から判明しているものとして,室内に堆積・付着しているものの再飛散,たばこ煙,ガス・石油系燃料の室内燃焼,そして大気の侵入などがある。事務所や店舗などある程度大規模な建築物においては,建築物における衛生的環境の確保に関する法律(建築物衛生法)により環境衛生管理基準として,1970年代から浮遊粉じん量(粒径10 µm以下)を質量濃度で0.15 mg/m3以下とすることが定められている。
近年の建物内においては分煙,禁煙に加え,空調機で使用されているエアフィルタの高性能化,大気汚染の改善などにより,室内の浮遊粉じんの濃度は劇的に低減している。その他にも微小粒子の発生源としては,調理,ろうそく,アロマ,ヘアースプレー・ドライヤー,ガスストーブなどが確認されている 3)。
このような微小粒子については,大気環境基準においてPM2.5として 1年平均値が15 µg/m3であり,かつ,1日平均値が35 µg/m3以下であることが制定されている。しかし,室内において微小粒子の基準はない。
良い室内空気質の空間を作り出すには,室内における発生はもちろん,換気により室内に侵入する大気汚染物質についても考慮するとともに,一旦室内に浮遊している汚染物質は,換気や空気清浄機などで希釈・浄化することが重要となる。
文献
1) 笠原三紀夫,東野達編:エアロゾルの大気環境影響,京都大学学術出版会,8,2007
2) 鍵直樹,柳宇,西村直也:事務所ビルにおける室内浮遊微粒子の特性とPM2.5濃度の実態調査,日本建築学会技術報告集,18, 39,613-616,2012
3) T. Hussein, T. Glytsos, J. Ondracek, P. Dohanyosova, V. Zdimal, K. Hameri, M. Lazaridis, J. Smolik, M. Kulmala: Particle size characterization and emission rates during indoor activities in a house, Atmospheric Environment, 40, 4285-4307, 2006.
(つづく)
東京工業大学 環境・社会理工学院 建築学系 教授 博士(工学)
室内における空気環境について、汚染物質の発生から、室内での挙動把握・予測、及び対策について研究。前職の厚生労働省の研究機関である国立保健医療科学院では、建築物や医療施設等現場での検証にも携わる。日本建築学会、空気調和・衛生工学会、日本空気清浄協会、日本エアロゾル学会等多数の学協会に所属。一般社団法人日本建築学会において、2021年度日本建築学会賞(論文)を受賞。
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